進撃の巨人ー「二千年後の君へ」の意味を完全考察してみた

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進撃の巨人
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「二千年後の君へ」の意味は、まだ何も分かっていない

 

進撃の巨人1話のタイトル、「二千年後の君へ」

この意味については、いろんなことが言われています。

が、その多くは、「誰に向けて言っているのか」が中心です。

つまり、始祖ユミルが巨人の契約をしてからの王家の継承、145代×13年=1885年に、壁ができてから、エレンが進撃の巨人を継承するまでの102年を足すと1987年。エレンの任期13年でちょうど2000年(たぶん。計算はめんどくさいので詳しくはない💧)。

この計算から、エレンもしくはエレンの次の継承者に向けているものである、というものです。

 

誰が発しているのかは、始祖ユミルという見方がふつうだと思うけど、そこはあんまり見ない。

さらに、始祖ユミルだとして、彼女が二千年後の君へ「何を伝えようとしているか」は、ほとんど考察されていないだろうと。

でもそこに、伝えたい何かがあるはずだと思います。

語り手であるアルミンが2000年後の私たちに向けて。もあり得る

 

誰が誰に、何を思ってのことなのか?

それが実際に分かるのは、結末を迎える時でしょう。が、情報もいろいろ出てきたし、そこまで含めて考察してもよいのでは?(というよりホントは120話からの思いつき^^;)

というわけで、「二千年後の君へ」の意味を完全に考察してみる、という試みです。

*かなりの空想ですが、かなり真面目に物語のテーマにからむ話にしたいと思っています。その旨、ご承知の上ご覧ください。

 

「二千年後の君へ」は始祖ユミルの願い、だとして

 

まず、今も存在している始祖ユミル(の意識?)が何を考えているのか、を推測していく。

 

始祖ユミルは王家の奴隷?

120話でジークの口から出てきた「始祖ユミルは王家の奴隷」。

実際に、王家の奴隷かどうかは分からない。

ただ、たしかに、座標にいる始祖ユミルはジークに従うだけで、「意思」がないように見えること。巨人を作っているらしいこと。

ここから思いついたことになります。

 

魂を分けられた始祖ユミル

座標にいる始祖ユミルに意思が見られない理由。

それはここにあるのかもしれない。

 

「始祖ユミルは、死後、9つの巨人に魂を分けた」という話。

86話「あの日」

 

おそらく、他の人間ーのちの巨人能力者ーがユミルの身体を9つに分けて食べた(アニメ2期エンディングの描写)。

このとき9つに分かれたかは不明だが、娘たちが食わされてるのは間違いないだろう

 

そのときに、彼女の魂は文字通り9つに分かれて、残った何かが座標にいる。

おそらく、契約した時の彼女の意識。

 

少女のまま残り続けた意識

そう思うのは、座標にいるのが少女の姿だから。

ではなぜ少女の意識なのか?

それは、そもそも契約をしたときに彼女の意識は、座標へと移されたからではないか?

(*疑問は彼女が子どもをもうけていることだが、地上と座標を行き来しながらだったのかも)

自分も含めエルディアの民の身体を変え、巨人を作るために。

超大型はたいへん・・分かります??・・地ならしだけはなしでお願いします

 

そして、13年がたち、彼女のもとの肉体は役割を終える。本来の彼女の魂は、そのあと9つの巨人に分けられる。

しかし、その後も彼女の意識は座標にとどまり続ける(ふつうの意識でなく残留思念のようなものだろう)。

彼女が巨人を作るしかないからか。

だとして、そこに意思や心残りはないのだろうか。

 

始祖ユミルの願い

彼女の意識が望むこと。

それは、勝手に分けられた自分の魂を取り戻すこと、ではないだろうか?

彼女が作っている知性巨人は、自分の魂の分身でもある。

(始祖は心臓でなく頭だね‥記憶の操作ができるんだから。進撃が心臓であり、意思だ)

 

そうなると・・「巨人を集めて終わる」説も再浮上する。するが、一方で、何か違う終わり方になるのではないか、とも思う。

彼女の魂を統合させるための何かがないだろうか。

そんな空想です。

 

あるいは・・「守りたい誰か」がいて、そのためにずっと巨人を作っている、のかもしれない

 

いずれにせよ、始祖ユミルが救われないと(もしくは、救いにつながる何かがないと)、物語は完結しないと考えている。

それが、ちらほら見かける説、ヒストリアの子どもとして生まれ変わって、「お前は自由だ」かもしれない。

ちょっとできすぎな感じもする。が、しかし、始祖ユミルを「終わらせる(救う)」役割はエレンしかできないだろうという気はする。

だとすれば、彼女がその役割を担うエレンに託したのが、「二千年後の君へ」なのかも。

 

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「二千年後の君へ」の意味をあらためて考察

 

この説で行くと、「二千年後の君へ」はユミルフリッツがエレンに向けていることになる。

「何を思って」は上記の推測もあるが、もう一つ二つ考えてみた。

 

1.「二千年後の君へーわたしを見つけてほしい」

上記の説の場合。

ベルトルトのセリフはこの伏線。彼も彼女の魂の一部だったと言えるし。

49話「突撃」

 

これは始祖ユミルの叫びでもあったのかも。

聞いてるのがユミルってとこも、なかなかじゃないかな(フェイクユミルであり、魂の一部でもある)。

 

言い換えれば、「私の魂を取り戻してほしい」になる。

始祖ユミルの魂のかけらである巨人を集めて、彼女の魂を統合する(ほかに方法ないかなー)。

何が起こるか分からないが、地ならしもあるかも。もともと、進撃の意思も始祖ユミルの一部でもある。

巨人継承者は犠牲になって巨人の歴史は終わる(地ならしで世界も破壊する)。

もしかしたら、ユミルフリッツの魂は、ヒストリアの子どもとなって生まれ変わる。

 

2.「二千年後の君へーわたしを殺してほしい」

始祖ユミルが巨人化を後悔している場合。

それゆえに、不戦の契りの大元であると仮定して。

つまり、始祖ユミルは罪悪感に囚われており、自分を殺すことで巨人を終わらせてほしい。

 

罪の意識は、この物語の重要なファクター。

100話「宣戦布告」

 

始祖ユミルが巨人を作っているのは、契約か無意識による縛りであり、意思によるものでないと考えると、つじつまは合う。

さらに、ジークに従ってるのも、エルディアの安楽死で一致しているからかもしれない。

その始祖ユミルをエレンが殺すことで、(ここは始祖ユミルの意思に反して)地ならしをすると同時に、巨人から解放する。同じく巨人継承者は犠牲になる(*いや、巨人から解放される、か)。

 

ただこれでは、始祖ユミルが救われることにはならないような。

が、1.と同じく生まれ変われば、また違うかも。

 

3.「二千年後の君へーあなたはどう選択しますか?」

ユミルフリッツは、結果的に巨人化を選んだと思われるが、その後のエルディアの運命を選ぶことはできなかった。

2000年後、彼女の意思を引き継いだ、進撃と始祖の巨人の保有者エレンは、2000年のその間すべての記憶を見たうえで何を選択するのか?

そういう話であるのかもしれない。

25話「噛みつく」

 

もちろん、このセリフがシリアスに効いてくる。

だから、選ばないといけない。選択肢は少ない。結局、上で書いたことに戻るかもしれない。

地ならしするか、巨人を終わらせられるか。あるいは何を優先し誰を救うのか。

さらに、エレンだけでなく、心を取り戻したユミルフリッツ自身が選ぶということも、あったら面白い。

 

番外.「二千年後の君へーあなたは、この物語をどう受け取りますか」

*この場合、今から2000年前に、物語の語り手であるアルミンが現在の私たちに向けて。

他に加えて、この意味もあるかもしれない。

ループとか言ってる場合じゃないんだ!💦モノによるとは思うけど。

ループで言うなら、愛が憎しみになり、理想が破壊を生み、「同じことを繰り返してしまう」人間というループとそこからの解放(まで描かれるか)というほうが、物語的にはあるかなと。

 

ところで、ふだん当たり前に使っている西暦。今2019年。この由来ってあれですけど、よく考えたら不思議ですよね、そこがスタートっていうのも。

そして・・テーマ的に、進撃は明らかに、神をめぐる人間の自由意志の問題を扱っていると、自分は思う。とくに、そのネガティブな面がクローズアップされているといっていいかと。

ので、いわゆる「終末」の時代でもある今につながる話でもあり、2000年後であるのは必然の話になりますね。

 

まとめーこの物語のテーマは「心の統合」にあるのかもしれない

 

今回は、始祖ユミルの散らばった魂の統合で考えてみた。

以前から、ユミルフリッツが心(意識)を大地の悪魔に捧げた可能性を考えてたけど、この2つの仮説は共存できるかもしれない。

意識を捧げて、座標には無意識に巨人を作る少女が残った。しかもその魂は、彼女の死後、勝手に分けられた(そして、さらなる争いと混乱が起こった)。

・・これはユミルフリッツかわいそうすぎる。けどこれに近いものがあるんじゃないかな?

 

だから、巨人の歴史の起源である「彼女の魂を統合すること」が、この物語における最終的な救いになる。

罪悪感も自由を求める心も、もとは一人の少女の、一つの魂に存在していたはずのもの。

 

それを統合できるだろうか、というお話。

ただ・・このストーリーにおいては、それは破壊と同時に・・かもしれないが。

 

*蛇足‥「破壊と再生」といった、いろんな神話や宗教にも共通するテーマは、実際に、人間の歴史の中に存在してきたものだろうと思う(神話は全てがそのままではなくても、史実の一つの表現かもしれない)。だから、「進撃の巨人は北欧神話が一つのモデル」である意味は、人間には神話という昔話があって、それを拝借した、という見方だけでは面白くない、と個人的には思っている。

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